午睡するキミへ
 


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猫の仔のそれに比べると、
毛並みが分厚いからか真ん丸くぽてりとした耳をしていて、
鼻もその下のミツクチも含め、お顔がちんまりしていよう仔猫に比せば、
鼻先ごと顎も張り出していて口も大きく。
手足もがっつりと大きめで、バランス的には秋田犬などの仔犬の方に近いかも。
小さくて弱々しい仔猫とは 生まれた時から格が違うんだということか、
隣りに比較対象を置かずとも、虎と猫では微妙に差があるのはようよう判る。


  “……ん?”

夜の町の一角にて、
危険ドラッグの頒布がらみ、金がないならその身を売ればいいなんて格好で
手広い範囲にて少々目に余る暗躍を見せていた新興組織を相手に、
じっくりと嬲る格好で目にもの見せてやるつもりだったが、
ふたを開ければどれほど腰抜けだったものか、
姿を現しての名乗った程度で 頭目や幹部らが腰を抜かし、
土下座して恐れおののいたため。
あとの始末は部下らに任せ、陽動だけで済んだ任務から帰還する途中。

 “……。”

近道だからと選んだ路地裏の半ばにて、
何者かに尾行されていると気が付いて。
夜半というより未明という時間帯。
人のことは言えないが、真っ当な人間が出歩く時間帯ではなかったし、
表通りではないということも兼ね合わせ、
振り向きもせぬまま、背後へそろそろと繰り出した羅生門の先。
牽制に伸ばしたそれへ足を取られでもして怯めば大した奴じゃないなと
気配の薄さもあってのこと、追い払うの前提でそのような仕儀を仕掛けたところ、

 「…みぎゃ、がうっ。」
 「お?」

低い位置に滑らせたリボンのような黒獣へ、
がっつり食らいついた相手なようで。
その反応へ逆にこっちがぎょっとした。
というのも、

 __ こんな低い位置へどうやって?
 
相手と自分との間でピンと張ったらしい軽い抵抗感が生じたが、踏まれたという感触じゃあない。
張ったり緩まったりが小刻みに繰り返されており、
ああ、こらこら引っ張るんじゃあないと、ついつい説き伏せたくなるような、
何処かゆるくて拙ない反応で。
不規則な引きがある以上、踏んでそのまま地へ縫い付けたわけじゃあないのだろう。
爪先で器用にも引っ掻けたそのまま、押したり引いたりしているとでも?

 “???”

周辺環境の一部同然な 犬猫のような、
捨て置いて構うまいという存在感ではなかったからこそ、
軽くとはいえわざわざ牽制を図ったというに。
その牽制を捕まえただと? だから引っ張るではない。
………などなどと。
背中を向けたままで自問自答という問答をしつつ、相手の正体を推測していたものの、
ぐいぐいと引いてくるのが徐々にたまりかねて来、

 「~~~っ

てぇい何なのだ貴様はと、
微かにではあれ、それでもこの男には珍しく、
焦燥以上 怒り未満な感情を滲ませつつ振り返ったところ、

 「がう♪」

黒獣の先をスルメのようにあぎあぎと齧りつつ、
自分もゴロゴロと転がりながら白い毛玉がご機嫌そうにじゃれていた。

 「………。」

まだ少々黎明の気配の居残る朝の街中、
人通りなどない路地裏に、その毛並みの白は結構目立つ。
雨は降り込まぬか ぬかるんではないが、その代わりに砂まみれな地べたに転がり、
両手、いやいや前脚で捕まえた黒獣を小さな口の端から咥え込み、
時々左右を入れ替えて、齧り遊びを楽しんでいる。
猫もこういう遊びをするのかな、
犬がガムとかいう堅いのを齧って遊ぶのはテレビなどで観たこともあるが。
時折 首を思い切りぶんと振るってまでという、甘噛みとも思えぬ齧りつきようだが、
歯がまだ幼いからか生地を突き通すほどには至っていない様子であり、

  ……そうじゃあなくて。

呆気に取られてついついジィっと観察してしまったものの、

 「…虎、か?」

芥川とて、猫じゃあなさそうだという見得はすぐにも立った。
一応 密輸品の流通にもかかわっているため、
ワシントン条約に引っ掛かろう生き物への見識も積んであるし、
そんな御大層な話を持って来ずとも、
この毛並みには…微妙ながら見覚えがあって。
虎といえば明るい茶に黒の縞模様だが、
自分に馴染みのある配色はこの子と同じく白地に黒。
そう、身に馴染み深い方の虎に そりゃあ酷似してはいないかと
するすると思い当たった芥川。だからこそ、
何でこんな突拍子もない生き物が下町の路地裏にひょこっと居るのか、ではない方向で
しばし呆気に取られてしまったのであり。
そのままついつい口を衝いて出ていたのは、

 「まさか、人虎か?」

芥川には全身が虎になった姿にも見覚えはある。
普通一般の動物園に居そうな
ベンガルトラやホワイトタイガーなどの比ではないくらい、
700ccバイクではなく、小型トラックほどはあろうという差のある存在、
野牛級だろうほどのそりゃあ大きな白虎になった敦も知っており。
それに比べると、こちらはあまりに小さい仔虎だったが。
ただ、毛並みの柔らかそうな見栄えは、
その後に腕だけ虎化した折に目にしたそれと似通っていたし。
黒獣へ恐れもなくじゃれつく、何ともあどけない振る舞いが

 __ 彼奴なら やらかしそうだと、何の抵抗もなく思えたためで

本人が聞いていたなら、
何だよそれ、ボクをどう思っているのさと
盛大に頬を膨らませて不平をこぼしたかもしれないが。
怒りを抱えて真っ向から立ち向かう彼に覇気がないとも言わないが、
それでも、この愛らしいじゃれようは、
ただ幼い存在だからと感じるそれ以上に愛おしく。

 「………。」

この場には居ないようなもの、
いやさ返答がないので当の本人かどうかはまだ不確定という段階で。
その不確定な部分、
どうすれば埋められるものかというところは生憎と思いつかなんだけれど。

 「一体どうしたのだ、人虎。」

もしかして異能に掛かったというなら何とも無様だなと、
罵りの文言とは裏腹、しょうがないなぁという苦笑が洩れる。
やれやれという吐息をつきつつ
すぐ傍へ屈み込んでの手を伸べて、
ふかふかな毛玉のように小さな体を柔軟に丸めて遊び続ける幼い仔へ
撫でるようにと手のひらを伏せたところ。



     ***


ほのかな光が放たれて、入れ替わるようにその場に居たのはこの童だったと。
ますますと自分の知る人虎こと、中島敦くんによく似た風貌になったので、
これはかなりの高確率で本人に違いないのではなかろうかと断定し。
本人へ自分よりも近しいだろう探偵社の人間に確認させんと、
社の近くまで連れてゆき、適当な電信通話にて社員を誘いだしての
迎えに来させようと構えていた芥川だったらしく。

「他者の言で聞いただけなら、僕も眉唾ものだと疑うような次第やもしれませぬが、
 事実そうであったのですから これ以上の申しようがありませぬ。」

「せぬ。」

そうと話を結んだ芥川だったのへ、
直接話を聞いた太宰も、同坐している中也や谷崎も、
柔らかく瞬きながら うんうんと、ついつい大きく頷いている。

 「キミがそんなファンタジーな空言を紡げる性分じゃあないのは
  私もようよう知っているし、」

小動物へ関心寄せたというのがらしくないなぁと思うものの、
見覚えのある相手だったから気になったというなら そこへも得心がいく。それに、

 「なぁんて可愛いのだろうねぇ。」

相変わらず、彼以外の大人たちからは身を避けつつ、
その芥川の後ろに隠れたまま その細腰へ抱き着いて
兄人の言の…小難しいところは省略し、語尾だけ口真似をする坊やの何と可愛いことよ。
あまり表情は動かぬものの、そんな坊やの頭の上へ、
そこだけはさすがに青年らしい手を伏せて、ポンポンと撫でてやれば、
ほらほらそれは嬉しそうに目を細め、
お口の両端、やわやわの頬へ食い込ませて “きゃうぅ”と笑うのがまた可愛いvv
微笑ましいねぇという目になりつつも、それ以外は淡々とした表情のまま、

 「キミだけへの懐きようがちょっと腹立たしいのは 中也だけじゃあないのだよ。」

恨めしそうに言ったものの。
申し訳ありませんと素直に肩を縮める可愛げに、空々しい芝居も続かず。
彼が坊やへしているように、頼もしい手を伸べるとその頭をぽすぽすと撫でてやり、
え?と上がったお顔へ向けて、ふふと小さく微笑ってから、

 「ま、キミへだけこうまで懐いているのは、
  動物の仔にありがちな一種の刷り込み現象なんだろうけれど。」

そうと続けて、そりゃあ大きな双眸をきょろりと見開き見上げて来る坊やへ、
太宰も今度こそ愛しくてたまらぬというお顔をして見せる。
先程、のっぽなお兄さんからの手から逃れんとしてか、
芥川の身からさえ離れて駆け出した坊やで。
しかも途中から仔虎そのものという姿に転変したため、

 『…っ!』
 『芥川くんっ。』

これは不味いと“羅生門”を繰り出して
問答無用と…それでもかなりやんわりと胴へと巻き付く格好で捕まえ、
そのまま師の前へ宙づり状態で差し出したものの。
太宰の持つ異能無効化、“人間失格”という異能を発動させた彼が触れても
仔虎からこそ戻ったものの、虎耳と尻尾がある幼児の姿は解けなかった。

 「どうなのだろうね。
  異能を掛けた犯人に触れねば解けないタイプなのか。
  だとすれば時限型という場合も多いのだが。」

余程に力のある異能力者なら、
本人の意思失くしては解けないという級の“呪い”のような代物も掛けられようが、
さして力のない輩のそれな場合、
本人が居てこその効果ゆえ、遠ざかると同時に解けたり、
ある程度の時間が経てば自然にほどけてしまうのが常で。

 「だが、それってあくまでも統計的なもんだろうよ。」

日之本の政府筋が異能というものを公的に認めていないのは、
その正体があまりにも紐解かれていないからという一点に尽きる。
超能力のようなもの、超自然現象を実在と認めてしまうには、
どこからどこまでのそれを有効とするのか
どう管理し、場合によっちゃあ取り締まるのか
…などなどという時の規定を組まねばならないと、
人権との兼ね合いとかどうとか、後から国民から噛みつかれぬよう慎重に構えているようで。

 「そうまで慎重な割に、ザルな法や制度が後を絶たないのだけれど。」
 「だよなぁ。」

だから、じゃないですかねと。
元“双黒”が珍しく意見が合ったのへ 誰が突っ込めるものだろか、
谷崎くんが内心で感じただけにとどめつつ、こめかみから冷や汗垂らして苦笑しておれば、

 「……。」

そんな彼が何気なく下ろした視線へ、
羅生門のお兄ちゃんの外套を掴んでいた当該坊やと目が合って。
日頃の最近、やっとのこと窺うような臆病そうな気配も消えて、
目が合えばそのまま“にこぉっ”と無邪気に笑ってくれるよになった敦くんなの思い出し、
目許を弧にしていつものように笑いかければ、

 「…vv」

同じように目許をたわめ、きゃうぅvvと笑い返してくれる無邪気さよ。
そのまま兄人のお尻の蔭へと身を隠す、含羞み付きの愛らしさへ、

 「……谷崎くん。」
 「何だ何だ、今の手なずけようはよ。」

 「す、すみませんすみませんすみませんっ!」

さっきツッコミを遠慮した双黒様がたから しっかと見咎められた、
おっかないおまけ付きだったりしたのが、難といや難だったけどね。(う~ん)




to be continued.(18.10.14.~)






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 *一向に打開策にたどり着けません。
  日が暮れちゃうぞ、というか、
  こんなほのぼの案件へ、
  探偵社とマフィアの働き盛り筆頭らがのんびり関わってる平和さよ。(笑)